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五山送り火 〜大文字〜
■ 謎だらけの大文字 ■
京都三大祭(葵祭、祇園祭、時代祭)とあわせて京都四大行事の一つで、京都の夏の風物詩として有名ですが、その起源や由来は謎に包まれています。考えてみれば、なぜ「大」なのか、山に火を点すのか…?
■ 山と火と黄泉の国 ■
お盆とは中国から伝来した仏教行事の一つ盂蘭盆会(うらぼんえ)の略。8月13日に迎え火でお迎えした祖先の霊=お精霊さん(おしょらいさん)は、15日か16日に送り火の煙に乗って再び黄泉の国へとお帰りになると言われています。この迎え火・送り火は門の辺りで点すため、門火と言い、大文字もその一種と考えられます。
火は神聖なもの、不浄なものを清めるもの、とされていますし、少しでも空に近い山があの世へと続いていると考えるのは自然なことのように思われます。

私見ではありますが、広い意味で山は死者の国への入り口。いわば門と考えることもできます。そこで火を点していたのが、次第に大がかりになり、公的・私的な援助により、さらに発展していったのではないでしょうか。
■ 弘法さんが、はじめはった? ■
古文書によると1600年頃に最初の記録を見ることができます。由来は記されておらず、この時には既にお盆の風物詩となっていた様子がうかがえます。由来については、
・弘法大師説
 (平安初期。代々大文字を執り行う浄土寺は大師ゆかりの土地であるとのこと、
 山の斜面に地上からきれいに見える「大」の字を描くには、技術が必要なこと)
・足利義政説(室町中期。大文字の正面に室町幕府の跡がある)
 と諸説あります。
■ 「大」の謎 ■
一番不思議に思うのは、なぜ「大」の字なのかということです。これについても諸説ありますが、五芳星や神の化身である北極星を象った、などいずれも宗教的な意味合いがあると思われます。
■ 点されなくなった送り火 ■
現在では、「大文字」「妙法」「船形」「左大文字」「鳥居形」の五山で執り行われている送り火ですが、明治以前には、この他に「い」「一」「竹の先に鈴(竿に鈴)」「蛇」「長刀」の合わせて十山で行われていました。その場所は「い」は市原、「一」は鳴滝、「蛇」は北嵯峨、「長刀」は観空寺村にあったとされています。
しかし「竿に鈴」は大正初期まで行われていたにもかかわらず、その場所が一乗寺だったのか、静原か、または西山(松尾山)だったのか、もうすでにはっきりしなくなっています。100年足らずで場所がわからなくなってしまうのも、何だか不思議ですね。
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